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12月特集記事 ページ1
常滑市在住の外国人陶芸家夫妻が、焼き物で野外劇場を造る計画を進めている。場所は、愛知県美浜町布土の通称“山の広場”。この前代未聞の計画を陰で支えているのが、ボランティアとして活躍する人々だ。世代を超え、国境を超え、立場を超え、毎週日曜日に“山の広場”に集う人々の汗と土にまみれた奮闘ぶりを取材した。
抜けるような快晴の空とポカポカした陽気に包まれた日曜日の昼下がり。愛知県美浜町の道なき道を踏み分け、たどり着いた場所に“山の広場”はあった。そこに集うのは、年齢も違えば国籍も違う、外見からはおよそ共通点の見出せない男女10人前後。白いテントで覆われた作業場から布団や毛布を運び出して運搬用のトラックに黙々と積みこんでいる。一方テントの中をのぞくと、野外劇場を計画する陶芸家スティーブンさんが、防塵マスクをつけ、2メートルほどの高さがある陶土の上で作業中だ。布団を一枚一枚はがし、作業場とトラックを行ったり来たりする人たちに手渡すと「足もと気をつけて」などと言葉をかけている。
“山の広場”で活動しているのは、スティーブンさんとヒメナさんの陶芸家夫妻 のほか、2人の取組みに協力するいわばボランティアの人々だ。2年前に新聞で大きく紹介された記事のなかにあった「ボランティア募集」の一文に手を上げて集まった人、口コミやうわさを聞きつけて参加した人などきっかけはさまざま。計画当初からのメンバーが大半だが、まだ通い始めて数回という人も混じっている。不思議な縁で出会った彼らが、毎週日曜日になると、こうして山の広場に集まり自然のなかで汗を流すのだ。
この日の作業は、野外劇場の音響壁(高2・5m、幅7.5メートル)の粘土を覆っていた布団を取り除き、乾いた布団に取り替えるというもの。布団や毛布による水分管理は粘土のひび割れを防ぐための重要な工程だ。一見するだけで相当過酷な作業とわかるが、ある男性からは「これはまだいいほうだよ。普段はこんなもんじゃないから」という声が飛ぶ。ついでにこれまで取り組んできた他の作業を教えてもらったのだが、その内容がすさまじい。何トンもある大量の重い粘土を練る、運ぶ、積み上げる、たたく、あるいは工房のクモの巣を除く、壁にペンキを塗る、廃品回収の収集場所を回って布団を集める、数千個の耐火レンガを運ぶ、寄贈された三十本の電柱を現場に運ぶ、埋め込む・・・。いずれも体力勝負の肉体労働だが、真夏の炎天下の時でさえ、音を上げる人はいなかったという。気候にこそ恵まれているが、この日ももちろん、午前中にはたっぷり2時間、重くて固い粘土と格闘ずみだ。
製作前の現場
布団や毛布はリレーで運
ぶ
きつい肉体労働が続く一日のうちでもっとも楽しい時間は、おそらく夫妻の自宅で取る昼食の時。ヒメナさんとボランティアの女性たちがこしらえた料理や差し入れがテーブルにぎっしりと並び、夫妻の愛息子3歳の空君を囲んで笑い声や冗談が飛び交う。そんな憩いの場で、人々の声を拾った。
昼食作りを手伝っていた田村知左子さんはスペイン語の通訳が職業。コンサートを企画して資金稼ぎにも協力してきた。「もともとは、ネイティブのスペイン語を話すヒメナと友達になりたくて、プロジェクトに参加したんですよ。今では、すっかり常連になってしまったわ。みんなで一つのものを作るのが魅力かしら」。
アメリカで育った伊藤望さんは現在18歳、来日して自分探しをする中でこの活動に出会った。「意外かもしれないけど、アメリカでも僕の周りでこんなユニークな活動をする人たちはいなかった。ここにはいろんな人がいて、いろんな発見があります。来るたび勉強になりますよ」。
同じアメリカから日本にやってきたクリスティーンさんは、陶芸家志望の若い女性。スリムな体系ながら男性並みの働きぶりだ。「心の温かい人ばかりで、みんなまるで小さな家族だね。前向きでチャレンジ精神旺盛なスティーブンとヒメナからは陶芸やライフスタイルのことで学ぶことがいっぱいよ」。
若い女性の日本人代表は、グラフィックデザイナーの大橋美樹さん。やはり陶芸と物づくりに興味があって参加した。「ボランティアというより大きな作品の製作に関わっているという気分。普段の仕事は一日コンピュータの前に座っているので、週末に体を動かすといい気分転換になります。筋肉痛にはなりますけどね(笑)。なんといってもこれまで出会わなかった世代間の人たちの出会いが面白いです。父親世代の人のパワーには圧倒されっぱなしですけど」。
パワー全開父親世代の一人は、自動車関係の会社でエンジニアをしている勝崎俊雄さん。活動にはかなりの頻度で参加している頼もしい存在。「数年後には定年の身だから時間もあるし毎週来てるよ。今は夢のない時代だからかな、外国から来て夢を追っている2人に熱いものを感じるんだ。自分もその夢に乗っかっているんだろうね」。
それぞれ、ここで出会わなかったらおそらく接点のなかった人たちだっただろう。それが今は同じテーブルを囲んで食事を摂り、「ずっと続けますか?」の質問には、全員が同じような回答を用意していた。
「最後まで見届けないと、絶対にやめられないよ」。
ラインタイムは交流の時間でもある
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