生きる力を取り戻し、 もう一度社会に踏み出すために−
−ひきこもりの若者と家族を支援する「オレンジの会」の取り組み− |
今、全国で100万人とも言われている「ひきこもり」*。その存在がクローズアップされ、社会問題として語られるようになったのはここ数年のことだ。なぜひきこもるのか、それは百人百様の理由があり、いじめや虐待、またうつ病などの精神疾患が影響している場合もあれば、とりたてて原因が見つからない場合もあり、ひとつの原因だけで長期のひきこもりが起きるケースはそれほど多くないと言われている。 これまで、ひきもりに対する主な相談窓口は、保健所、精神保健福祉センターといった公的機関だったが、2000年以降、民間の援助団体が年々増えている。 名古屋市内にあるNPOオレンジの会は、ひきもりの若者とその家族の苦しみを受け止め、生きる居場所を見つけながら、社会に踏み出すための階段を準備している。
*ひきこもりとは、厚生労働省の定義によると、「6ヶ月以上自宅にひきこもって、
会社や学校に行かず家族以外との親密な関係がない状態」という。 |
人間関係、社会関係をつなぎなおす場
「ひきこもりの人たちは人間関係が全て切れている場合がほとんどです。もう一度学校や社会に戻っていくために、人間関係をつなぎなおし生きる自信をとり戻す場所を提供したい」と話すのは、オレンジの会理事の鈴木美登里さん。鈴木さんは小・中・高校で登校拒否になり、まだひきこもりという言葉がなかった30年前、2年半自宅に閉じこもった経験を持つ。
1988年から3年間、中部リサイクル運動市民の会でリサイクルニュースの発行に携わり、不登校についての取材に取り組んでいたとき、ひきこもりの若者のためのフリースペースを主催していた人と知り合った。2001年にそのフリースペースが閉鎖されるのをきっかけに活動を引き継ぎ、関西で不登校・ひきこもりの支援を続けていたオレンジの会の山田孝明さんの指導を受け、2002年に名古屋オレンジの会を立ち上げた。
「今、会には約200家族が登録しています。ひきこもりの人たちは15歳から52歳まで。20〜30代が一番多く、男女比は4対1。これは一般に言われていることと重なっています。そして不登校からひきこもりに発展したケースが多く、期間は半年から最長20年です」と鈴木さん。
会のドアをたたくのは、ほとんどが家族だ。口コミのほか、保健所、児童相談所、医療機関からの紹介が多い。会が主催する講演会の記事が新聞に掲載されると問合せも増える。1年前の新聞記事を握り締めてやってくる家族もあり、その姿に悩みの深さを痛感するという。
会では、ひきこもりの段階に応じたサポート体制を用意している。まず最初は、家族の相談から始まる。ほとんどが母親だ。何回かじっくり話を聞き状況を把握したら、本人へアプローチし、カウンセリングへと進んでいく。「本人と会えるまでは紆余曲折あります。最初から母親と一緒にやって来る場合もありますが、何年訪問しても会えなかったり、突然ふらっとやってきたり、これというパターンはない。でもある段階で信頼関係を結べたという感触を得たところからはみんな同じなんです」と鈴木さん。信頼関係ができコミュニケーションがうまくとれるようになってくると、次は外に出る機会をつくる。それが仲間同士の交流の場であるフリースペースだ。
フリースペースにはまだうまくコミュニケーションがとれない人が参加する「Fの会」そして活動的な「仲間の会」がある。仲間の会のメンバーは「ライフアート」という小規模作業所で内職やパソコン作業を請け負い、働くことへの経験を積みながら、仲間同士でスポーツなどレクリエーションを楽しむ。
自宅の外に安心して行ける場所としてフリースペースがあることは重要だ。就労年齢に達している人たちの中には働くことにあせっている場合が多いが、社会性のないうちに就職やアルバイトは難しく、その前のステップとして作業所がある。他にも名古屋駅の近くに「情報センターNOAH」という交流の場があり、作業所として喫茶店を併設している。
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理事の鈴木美登里さん
情報センターNOAHの喫茶店で働くメンバー
レクリエーションで野球を楽しむ
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働く自信を積み重ねる「ジョブコーチ」の取り組み
ひきこもっていた状態から、フリースペースや作業所に来て元気になっている人たちの社会復帰をめざして、今年7月から「ジョブコーチ」という就労支援の取り組みが始まった。会のスタッフやボランティアがコーチ役として付き添って、介護、パソコン指導、農業などの仕事を一緒に体験して、働くことの不安を和らげ、社会参加の機会をつくるという試みだ。独立行政法人福祉医療機構の助成を受けて来年3月まで実施する。中村区の高齢者共同住宅・やすらぎの家ますこ、瑞穂区のデイセンター・えんがわ、岐阜県のNPO・心牧園が受け入れ先となっている。 7月から、やすらぎの家ますこでコーチを担当している榊原悠貴さんは、福祉系の専門学校生。今年4月にボラみみのインターネットでオレンジの会のボランティアを見つけた。「地域福祉と児童福祉に興味があって、現場を見てみたかった。最初はフリースペースに参加して、カードゲームをして遊んだり、近くの公園で一緒に野球やサッカーをしたり。すごく自然に溶け込んでいた」と榊原さん。 やすらぎの家での介護体験は、入居者の話し相手やレクリエーション、昼食の配膳などをする。就労体験者も最初はとまどっていたが、回を重ねるごとに、声をかけるタイミング、食器を運ぶタイミングをつかんできた。「そばで見ていて顔つきが変わってくるのがわかる。緊張もとけていきいきしている」と榊原さんもその変化がうれしい。コーチとして一番心がけていることは、無理をさせないこと。「大変そうだなと感じたら、僕も一緒に休憩します。それはとても大切なひと時だと思います。できれば、楽しんでもらいたいから」。 榊原さんにとって、オレンジの会は初めてのボランティアの場。「身近な地域にこういう会があることは驚きだった。多様な支援拠点をつくり、助成金で新しい取り組みをしたり、行政と連携したり、すごく活発。僕自身このボランティアをきっかけに別のボランティアを紹介されたり、次から次へボランティアの縁がつながっていってわくわくしている」とボランティアとの出会いを楽しんでいる。
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ボランティアの榊原悠貴さん
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家族の再生と向き合う
オレンジの会が就労支援と同様に大切にしているのが、家族の支援だ。「家族の中には、これ以上家にいられないと言う人も多い。暴力だけではなくて、3年間一言も話さない、家から一歩も出ないでお風呂にも何年も入らずにいるという極端な例もある。そのつらさというのは、その子どもを持った親御さんにしかわからないんです」と鈴木さんはかみしめるように話す。そのような状態の子どもを抱えて悩んでいる家族同士が胸の内を語り合い、支え合うために「家族会」がある。
「娘と歩いてきた中で僕が気づいてきたことを、家族会のみなさんに伝えていければ」と話すのは家族会代表の成瀬義男さん。14歳の時に不登校からひきこもりになり、23歳で入会した娘を持つ。今は26歳になり、情報センターの喫茶店で働くほか、そろばん塾で子どもたちに教えるまでになり、成瀬さんはその成長の階段をともに進んできた。
「最初はひきこもりへの対処が全然わからなかった。講演会や鈴木さんの話を聞いたり、勉強していく中で、悩みながら考えながらやってきた」と話す。その中で見つけた答えのひとつは、親がこうしろ、これはいけないと子どもを上から見るのではなく、子どもの目線まで下がって、じっくり話を聞く、理解しようという姿勢で向き合うことだという。そして決してあせらないこと。外に出て元気になってくると、早く働くようにプレッシャーを与えかねないが、十分に社会性を身に付けていない段階で働くと、ひきこもりに戻る可能性もある。「ゆっくりと時間をかけて、幹を太くして、枝葉を広げて、そして社会に出て行ってほしい。会を卒業してもここがあると思うことは心の拠り所になる」と語りかける。
成瀬さんはこの3年間、ほとんど毎週土曜日は情報センターNOAHに足を運び、救いを求めてやってくる家族の話に耳を傾けてきた。しかし熱心な父親は少なく、父親不在は大きな問題だという。仕事で忙しく子どもとの関わりが希薄な父親。そして一人で責任を背負い苛立つ母親。次第に夫婦関係の溝も深まっていく。「両親が力を合わせて取り組んでいくのがなにより大切なこと」と力を込める。親子関係、夫婦関係、家族関係をもう一度見つめなおし、その関係を再生していく。それは、外の世界とのパイプをつなぎなおし、社会参加の場をつくることと同様に、踏み外せない階段だ。
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家族会代表の成瀬義男さん
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オレンジの会では、ひきこもりの仲間たちの話し相手、
一緒にレクリエーションに参加してくれるボランティアを募集しています。
◆オレンジの会
名古屋市中村区椿町19-7 チサンマンション304号
TEL&FAX: 052-459-5116
http://www.orange-net.info/ |
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