「アダージョちくさ」の活動の礎を築いたのは1970年千種区において精神障害を持った人々の家族が設立した「しろはと会」と呼ばれる任意の家族会です。しろはと会は1986年、同じ障害をもった当事者たちが集まれる作業所の運営を始めました。「病状的に退院はできるが、地域で生活する場がないため退院できない」という社会的入院と呼ばれる患者が精神科病院において多いという実態があります。当時は、精神障害に対する理解や精神障害者への支援が他の障害に比べて非常に遅れており、家族は自分たちの力で精神障害の事を学び、主体となって作業所の運営などさまざまな活動を支えていく必要がありました。
そのような時代を経て、徐々に精神障害の福祉制度や法整備が進み、福祉・医療の専門家をはじめさまざまな立場の人たちが精神障害者や家族を支える現場に関わるようになりました。「アダージョちくさ」も、さまざまな人たちが携わるNPO法人として「しろはと会」の活動を引き継ぎ、より幅広く手厚くサポートできるようにと、2008年3月、スタートすることになったのです。
「アダージョちくさ」は、作業所型地域活動支援センター「ワークルーム・ぐるっぺ」と「工房さんりん舎」、ふたつの支援センターを運営しています。精神障害を持った利用者が日中通い、仲間と一緒に内職作業やレクリエーション等さまざまな活動に取り組んでいます。
今回は、「ワークルーム・ぐるっぺ」を訪ねました。車の行き交う商店街を東へ少し入ったところにあるマンションの一室。そこは柔らかな日差しを受け、静かに時間が過ぎていました。利用者と大学生の女性がお話しを楽しむ様子で、私がお邪魔したのはミーティングの時間だったようです。
室内の片隅には、段ボール箱いっぱいの「袋詰めの割り箸」。さっきまで作業訓練として袋詰めしていたとのことでした。利用者、スタッフ、ボランティアみんなで決められた時間内に決められた数を袋詰めしていき、検品もして、数を間違いなく揃え、業者に引き取ってもらうまでを行います。この作業は、集中力を養い、また言葉を交わしコミュニケーションを楽しむ時間にもなっているようでした。業者の方からは、「ここの仕上がりはいい」と好評だそうです。
昼食の時間がやってきました。ここでは週に一回、利用者とボランティア、スタッフが一緒になって本格的に調理します。日々の昼食はスタッフで用意し、利用者は調理補助というスタンスでの参加ですが、週に一度はみんながシェフです。人気メニューはカレーライスだとか。利用者の中には、入院生活が長く生活能力が低下していたり、一人暮らしとなる人もいたり、食の問題がたいへんネックになるそうです。週に一度の調理実習は、こうした利用者の食生活を支援する要素も含んでいるのです。午後はみんなで映画「ブタのいた教室」をDVD鑑賞するとのことでした。
ボランティア希望者へ向けてスタッフの富田さんは、「利用者と一緒に作業し、お昼ご飯を一緒につくったりしながらお話をしてもらいたい。交流を図ることで利用者にとって人間関係の訓練にもなるので…新しい風を届けてください」と話していました。他人との距離感を適切に取れるようにコミュニケーションの訓練が社会復帰のためには重要です。グループでさまざまな活動チャレンジすることができる作業所型地域活動支援センターは大きな役割を担っています。
「アダージョちくさ」が運営する「ワークルーム・ぐるっぺ」と「工房さんりん舎」には、現在、精神病を患ったことにより学校や職場をやめて引きこもりになってしまった人々など、約40人が通っています。今年はアスペルガー症候群という発達障害の人が1人、週5日間フルタイムで老人ホームの清掃員として一般就労を果たしました。また、病気によりホームレスとなっていた統合失調症の方が3年間の通所を経て週3日、飲食店での清掃アルバイトとして就労を果たしています。
雇用先からは、「これまでの従業員と比べても真面目で熱意があっていいですね」という評価をもらうこともあります。しかし、精神障害というものは見た目にわかりにくく、なかなか第三者に理解されにくいのも事実です。また、精神障害の症状は不安定なのが特徴で、「昨日は楽々できたことも今日は全くできない」ということも起こります。そのため、理解してもらったうえで受け入れてくれる企業は限られてしまいます。雇用先でのトラブルにより自信を失くし落ち込んでしまい病状が悪化してしまうこともよくあるのです。
「事件を起こした容疑者に精神科への通院歴があったなどと報道されると、精神障害について不安を感じる人も多いと思います。しかし、精神障害の人というのは決して何を考えているかわからない恐ろしい人でありません。むしろ非常に生真面目で誠実で、他人に気を遣いすぎたり辛くても無理をして仕事をしすぎたりしまったために発症してしまうという人も多いのです。そのため仕事に対しても熱心で丁寧ですから、ぜひとも様々な仕事にチャレンジさせて欲しいです」とスタッフの富田さんは話していました。
「アダージョちくさ」では、区民祭りや障害者と市民の集いなど、地域の交流イベントに参加し精神障害のことを伝えたり、学生やボランティアを受け入れて福祉に携わる方の人材育成にも協力したりしています。また、精神障害を抱えた方のご家族を支援する「家族会」とも互いに協力し、ご家族の相談、サポート等も行っています。
「しろはと会」から「アダージョちくさ」に生まれ変わって一年半。支援センターでの取り組み、またいくつもの機関との連携により利用者自身は積極的に社会との関わりが持てるようになってきていました。利用者の社会参加・交流は、より多くの人が精神障害を知り、その予防への知識を得ることにつながります。精神障害を抱える方だけでなく地域のすべての人々が互いに助け合える機会が増えるようにと活動してきた「アダージョちくさ」の取り組みは着実に実を結びつつあります。