憩いの場「マダン」
1990年代後半から2000年頃、在日コリアン(※1)1世が高齢になり、孤独になることが2世の間で問題視されるようになりました。長年暮らしてきた日本で少しずつ日本語を忘れ、母語がえりの状態になり、日本の中で孤立してしまう高齢者もいました。そこで、2001年に名東同胞生活相談綜合センターが「名東トンネ憩いのマダン」を開設し、ボランティアが週に2回、近所の高齢者に昼食とレクリエーションを提供してきました。その後、2003年にコリアンネットあいちが特定非営利活動法人として活動を開始。「名東トンネ憩いのマダン」を改装し、デイサービスセンター「いこいのマダン」を開設しました。
「空手の先生」に利用者さん大喜びです
「マダン」とは庭や広場のことで、高齢の在日コリアンが「自分たちのアイデンティティーを大切に、ゆったりと安心して老後を過ごせる憩いの場を作ろう」という思いが形になったものです。「いこいのマダン」の運営を通して、「ここは1世にとっての『コヒャン(故郷)』だ」という思いが強くなり、デイサービスセンター「せとマダン」、ケアプランを立てる「居宅介護支援事業所ファニー」、デイサービスセンター「ゆめマダン」と事業を拡げてきました。
デイサービスセンターの利用者は、開設当初は9割が在日コリアン1世でしたが、今は6割まで減少しています。利用者の多くは在日コリアンですが、日本人の利用者もおり、とても喜ばれているそうです。しかし、近年、全体の利用者数が減少してきており、事業の運営は厳しくなりつつあります。「ここは最後に行くところ、介護が必要になってから行くところというイメージを持たれていますが、コリアンの文化を学び、元気を保てるデイサービスというイメージを作りたい。それから、サービス提供時間外に母語教室や交流会などを開催し、集える場にしたい」と金さんは言います。利用者にとってのコヒャンであり、誰もがほっと憩えるマダンを維持するため、努力が続けられています。
次世代へつながるポラムティアネットワーク
コリアンネットあいちでは、在日コリアンの障がい者と家族の会「あいちムジゲ(虹)会」の支援も行ってきました。イベントの企画・運営や会報誌の発行などです。あいちムジゲ会の活動のために、愛知朝鮮中高級学校の生徒たちにボランティアを呼び掛けると、毎年20名ほど参加があるそうです。学生たちは活動に積極的に参加し、中には、のちにデイサービスの職員になる人もいるなど、人材育成の機会となっています。
現在「ゆめマダン」の職員の中にも、このボランティア出身の人がいます。彼女が中心となり、若手のメンバーでネットワークを作りたいということで始まったのが、ポラムティアネットワークです。
ノリマダンで伝統舞踊を習う子どもたち
「生きがい・やりがい」という意味の朝鮮語「ポラム」と、「ボランティア」を合わせて作った呼び名です。2011年には、あいちモリコロ基金の助成を受け「オンマ・学生キラキラポラムティア事業」を実施しました。学生を対象に福祉セミナーやあいちムジゲ会での実習を、オンマ(お母さん)を対象に学習会や、学童保育、民俗遊びを紹介する実習などを行いました。現在までに、日本人も含め120名のポラムティア登録者がいます。課題はボランティアコーディネートがうまくできていないことだそうですが、6月からは第1・第3木曜日を「ポラムティアデイ」と決め、登録者が実際の活動に踏み出せるようにします。「ポラムティアデイ」では、手話やハングル、朝鮮半島の伝統芸能などを学び、それぞれの分野のポラムティアたちが交流します。
コリアンネットあいちにしかできないこと
2004年からは国際交流事業の一環としてハングル講座を主催しています。在日コリアン−民族学校を出た人たちが講師になることにこだわって実施してきました。講座では、言葉を教えるだけではなく、「在日コリアン」の文化を一緒に伝えることを大切にしています。「韓流ブーム」があり、当時、講座の生徒は一気に増えました。ハングルや韓国に興味を持つ人は増えたけれど、在日コリアンの文化を発信できているかと言うと、何か違和感があったそうです。そして、在日コリアンのことを理解してもらうためには、ハングル講座以外にもたくさんやるべきことがあると感じ、2011年に多文化ネット「クミヨ(夢よ)」の取り組みが始まりました。
アンニョンハセヨフェアにて。 民族衣装の試着が人気でした
「クミヨ」は、在日コリアン1世の文化や歴史を日本の社会へ向けて発信するため、講座やイベントなどを実施しています。
子育て支援においても、単なる託児ではなく、子どもたちが自分の民族性に誇りを持ち、アイデンティティーを確立する手助けになるような取り組みを目指しています。2007年度から、日本学校に通う子どもたちを主な対象とした「KOREA−子どもたちの遊びの広場事業(ノリマダン)」を実施しています。子どもたちは伝統的な民俗遊びを楽しみ、朝鮮舞踊、ハングルを学びます。ノリマダンに参加したことで、自分のルーツに誇りを持ち、アイデンティティーを強めた子どもたちもいます。その子どもたちが中心となって、7月からは中高生向けの母語教室が始まります。大人から中高生へ、中高生からさらに小さな子どもたちへと、言葉や伝統が教え伝えられていくのです。
地域の仲間の期待に応え続けるために
初めは、デイサービスセンター「いこいのマダン」の認可を受けるための方法として、特定非営利活動法人(NPO)になることを選んだそうです。「だから、当初はNPOとしての役割はほとんど果たせていなかった」と金さんは言います。2006年頃、地域の仲間から「日本学校に通う子どもたちのための土曜教室をできないか」という要望があったものの、当時はまだそれに応える力はなかったそうです。しかし、今は在日コリアンの歴史や文化を伝承・発信するための事業を展開し、「外国につながる子どもの母語支援プロジェクト」の一環として、間もなく母語教室も始まります。「確実にNPOとしての力をつけてきていると感じています。
「クミヨ」の歴史講座
NPOは社会的課題を解決するための存在であり、コリアンネットもそういう役割を期待されていると自覚し始め、やっとみんなの意識が高まってきました。外国人も弱者も排斥されない社会を作ることが大きなミッションです」。コヒャンであり、学びの場であり、多文化共生の拠点となる「マダン」を中心に、コリアンネットの活動は続いていきます。